「真摯さ」を「学べない資質」と言われて、絶望したあなたへ
ドラッカーの名著『現代の経営』を読んだことのある真面目なマネージャーほど、ある一文で絶望した管理職も多いと思います。
彼は、マネージャーに必要な資質について、こう断言しています。
“(Integrity of ) Character is not something a man can acquire. If he does not bring it to the job, he will never have it.”
(人格(真摯さ)は、後から習得できるものではない。もし仕事に就くときにそれを持っていなければ、決して手に入れることはできない。)
これを読んだとき、あなたはどう感じましたか?
「自分には生まれつきの「真摯さ」さなんてないかも?」
多くの人は、“Not acquire(習得できない)” や “Never(決して〜ない)” という強い否定語に圧倒され、これを「才能の有無」の話だと受け取ってしまいがちかと思います。
しかし、ここで思考停止してはいけません。 結論から言えば、ドラッカーは「生まれつきの資質がなければマネジメントはできない」と言ったのではありません。本記事では、多くの人が誤解している「真摯さ(Integrity)」の本当の正体と、なぜそれが「学べない」とされるのか、その論理的な理由を解き明かします。

「学べる資質」は否定された
ここで重要なのは、「習得(Acquire)」 という言葉のニュアンスです。
ビジネスの現場において「習得」とは、何らかのトレーニングや教育によって、外部からスキルを取り込むことを指します。 英語、プログラミング、財務会計。これらは時間をかけて練習し、階段を登るように「習得」していくものです。
ドラッカーが言いたかったのは、 「大人の人格(Character)は、会社の研修やOJTといった『教育プログラム』で身につくものではない」 ということです。
「研修を受ければ、資質が習得できる」 「現場で経験を積めば、いつか習得できる」
ということを、「それは無理だ(Not acquire)」と切り捨てたのです。 これは遺伝や生まれつき、スキルの話ではなく、「本質的な内面の土台」の話です。
ドラッカーが引いた「境界線」
実は、ドラッカーはこの章の冒頭で、マネジメントに必要な資質を明確に二つに分類しています。
- 学べるもの(Acquirable):
- 経営管理の知識、分析能力、ツールの使い方など。
- これらは教育や経験によって習得可能である。
- 学べないもの(Not Acquirable):
- 真摯さ(Integrity)。
- これだけは、教育の範疇にはない。
ドラッカーが「習得(Acquire)できない」とした理由は、ここにあります。 「土台(Being)」は、「足し算(Adding)」のアプローチでは作れないからです。
マネジメントをする前に身につけるべき土台である
「真摯さ」とは、ピアノのレッスンやお稽古ごとのように、少しずつ上手くなるものではありません。 「今日から、何があっても原理原則を曲げない」と自分で決め、自分を変えていく 「変容(Transformation)」 の類のものだからです。
「教えてもらう(Acquire)」のではなく、「自分で持ち込む(Bring)」。
それは、現場に入ってから「走りながら学ぼう」としてはいけない、ということです。 「現場は、あなたの人間性を育てる教室ではない」 からと同時に、マネージャーとなる前に土台として持って置かなければならないということと考えます。
「真摯さ」=”Integrity”の正体とは?
「真摯さ」への問い
「真摯さ」=”Integrity of character”とは「学べない資質」であり、「マネジメントの仕事に持ち込まなければならないもの」、「本質的な内面の土台」であり、自分の「価値観」、「原理原則」に従って、「行動を変容」させていくものと考えます。これは人格主義の基本的な考え方です。これは『7つの習慣』などで知られる人格主義の基本的な考え方にも通じます。
”Integrity”の日本語訳は「誠実さ、高潔さ」という訳になりますが、今ひとつ抽象的すぎると思います。「誠実さ」を表現するなら”Honesty”でも良かったはずです。そして、「学べない資質」についてドラッカーはわざわざ本に書いたのであろうか?無理だから諦めろと言うために文章を書いたのでしょうか?
私は違うと思います。ドラッカーは、この文章に対して読者に疑問を持ってもらい、自分への「問い」かけることを期待していたのではないでしょうか?
ここで「問い」を立て、「主体的」に自らの答えを導き出した者こそ、「真摯さ」の意味を手に入れることができるのではないでしょうか?
一方で、「明日から変わる」と決めた瞬間から、永遠にその高い基準(問い)と向き合い続けなければならないという、極めて厳しい「覚悟」を要求しています。
後の章で「職務設計の視点」にてドラッカーが「マネージャーの責任」について言及しています。ここでは、「自らの仕事を主体的に知る」ことを求めています。これは、誰かから言われたことでなく、マニュアルに書いてあることでなく、マネージャー自らの「問い」によって見いだせる「主体性」によって理解するということを解説しています。

「問い」によって見出す主体性
ドラッカーは後の章(職務設計の視点)にて、「マネージャーの責任」について言及しています。 ここでは、「自らの仕事を主体的に知る」ことを求めています。これは、誰かから言われたことでもなく、マニュアルに書いてあることでもありません。マネージャー自らの「問い」によって見いだせる「主体性」によって理解せよ、ということです。
「真摯さ」の意味も、これと同じではないでしょうか。
「問い」によって、自らの価値観、正義感、倫理観、原理原則を見つめ直し、それらを兼ね備えて業務に従事すること。 この原理原則がチームを支える柱となり、「学べるもの(スキル)」を「成果」へと変えていけるのです。
このように、真摯さとはチームを支える構造的なもの(土台)であるため、この土台がなければ「マネージャー」として適していない、とドラッカーは語っているのだと思います。
現場で機能する「原理原則」の正体
「原理原則を持ち込め」と言われても、具体的に何を指針にすればよいのでしょうか。 「嘘をつかない」「誠実である」といった漠然とした道徳律では、複雑な利害が絡むプロジェクト現場では役に立ちません。
ドラッカーは、この原理原則を「組織の精神」という文脈の中で、非常に具体的な「5つの欠格事由(やってはいけないこと)」として定義しています。 これは、組織がまともであるために、真摯さを絶対視しなければならないという警告でもあります。
マインドマップにある通り、以下の5つの行動をとる者を、決してマネージャーにしてはいけません。

1. 強みより弱みに目を向ける者をマネージャーにしてはならない
現場では、部下の欠点ばかりが目につくものです。「書類作成が遅い」「気の利いた発言ができない」。 しかし、人の弱みばかりを見て、強みを生かそうとしない人間を管理職に据えてはいけません。組織全体の精神が「減点主義」に染まり、挑戦する空気が死んでしまうからです。
- 原理原則①: 私は、部下の「できないこと」ではなく、「できること(強み)」に焦点を合わせる。
2. 何が正しいかより、誰が正しいかに関心を持つ者をマネージャにしてはならない
プロジェクトにおいて、「仕事の正しさ(What is right)」よりも「誰が言ったか(Who is right)」を重視する人間は、マネージャー失格です。 上司の顔色や派閥の論理で意思決定をするようになれば、チームは安全な方向ではなく、政治的に有利な方向へと舵を切り、やがて座礁します。
- 原理原則②: 私は、権力者の意見であっても、プロジェクトにとって間違っていれば是正する。仕事そのものの正しさを最優先する。
3. 真摯さより頭の良さを重視する者をマネージャーにしてはならない
どれほど分析能力に長けていても、どれほど知識が豊富でも、真摯さに欠ける人間を選んではなりません。 未熟な真摯さは、無能よりも組織を腐敗させます。「あいつは仕事ができるから」という理由で、人格に問題のある人間を登用することは、組織の破壊を招きます。
- 原理原則③: 私は、優秀さや実績を、傲慢な振る舞いの免罪符にしない。知性よりも人格を重んじる。
4. 部下に脅威を感じさせる者を昇進させてはならない
自分より優秀な若手が出てきたとき、それを脅威と感じて潰そうとする人間、あるいは自分の地位を守るために部下を犠牲にする人間を昇進させてはいけません。 そのような人間が上に立つと、有能な人材から順に組織を去っていき、残るのはイエスマンだけになります。
- 原理原則④: 私は、部下が自分を超えていくことを、自らの最大の成果として誇る。
5. 自らの仕事に高い基準を設定しないものをマネージャにしてはならない
リーダーが自分自身に対して甘い基準しか持っていない場合、それが組織全体の基準となります。 「これくらいでいいや」「納期優先だから品質は目をつぶろう」。マネージャーの妥協は、部下にとっては「手抜きをしていい」という公式な許可証になってしまいます。
- 原理原則⑤: 私は、誰よりも自分自身の仕事に対して厳しい基準を持つ。
「真摯さを絶対視してまともな組織」になる
これら5つの項目は、単なるマナー違反のリストではありません。 ドラッカーが「真摯さなくして組織なし」と断じた通り、これらの一つでも許容してしまえば、組織(チーム)はその基盤から崩れ去ります。
逆に言えば、この5つを断固として拒絶し、「真摯さを絶対視」することではじめて、そのチームは「まともな組織」としてのスタートラインに立つことができるのです。

組織にも「真摯さ」という名のOSが必要
ここまで、個人(マネージャー)が持つべき原理原則についてお話ししてきましたが、これは組織そのものにも全く同じことが言えます。
ドラッカーは「真摯さなくして組織なし」と断じましたが、では組織における真摯さとは具体的に何でしょうか? それは、現代の経営用語で言えば MVV(ミッション・ビジョン・バリュー) に他なりません。
- 個人の真摯さ = 自分自身を律する原理原則
- 組織の真摯さ = 組織全体を律する原理原則(MVV)
すべての「原理原則」はこのOSの上で動く
ここで誤解してはいけないのは、「立派なMVVがあれば真摯な組織になるわけではない」ということです。 組織の真摯さとは、マネージャー一人ひとりの「個人の真摯さ」が結晶化したものでなければなりません。
本ブログ内のいくつかの記事では、良いプロジェクト、良いチームを作るための様々な「原理原則」について解説してきました。
- 組織の原理原則(MVV): 組織が何を目指し、何を善とするか。これを定義せずに人を集めても烏合の衆になります。 (参考記事:MVVとOKRで組織をデザインする)
- チームの原理原則(チームチャーター): 現場レベルで心理的安全性を担保し、自律的に動くための憲法です。 (参考記事:チームチャーターの実践ガイド)
- AI活用の原理原則: AIに何を任せ、何を任せないか。ここにも組織の倫理観(真摯さ)が問われます。 (参考記事:AI導入の原理原則)
OS(個人の真摯さ)が入っていないPC(組織)に、いくら立派なアプリ(戦略や戦術)をインストールしても、絶対に起動しません。
これらは単なるツールやフレームワークではありません。組織としての「真摯さ」を具体的に言語化したものでなければなりません。合わせて参考にしていただければと思います。
スタートラインに立つ資格
ドラッカーが個人に対して「仕事に持ち込め(Bring)」と言ったように、組織もまた、プロジェクトを始める前にこの「組織の原理原則」を持ち込まなければなりません。
「私たちのプロジェクトは、MVVに合致しているか?」 「利益のために、チームチャーター(現場の約束)を破っていないか?」
OS(真摯さ)が入っていないPCに、いくら立派なアプリ(戦略や戦術)をインストールしても、うまく起動しません。 この問いに自信を持って「イエス」と答えられる状態になって初めて、私たちはプロジェクトのスタートラインに立つ資格を得るのです。
参考文献
P.F. ドラッカー『マネジメント』(ダイヤモンド社)
Perpetual Innovation Machine: “Leadership Cornerstone: Integrity of Character”
真摯さを「チームを守るための構造(Structure)」「土台(Foundation)」と定義する際の引用元として。
本ブログ内の関連記事(組織への実装)
ドラッカーの言う「真摯さ」を、精神論で終わらせず、現代の組織やチームに具体的な「仕組み」として実装するためのガイドです。
- 組織レベルの実装(MVV):
- チームレベルの実装(チームチャーター):
- テクノロジーレベルの実装(AI倫理):
noteでの書籍解説
「プロマネ武蔵」のnoteでは、全13回にわたり、マインドマップを使用して書籍を解説しております。参考になれば幸いです。

書籍
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