はじめに
近年、カスタマーハラスメント(カスハラ)は接客業だけの問題ではなく、 BtoBのプロジェクト現場においても深刻なリスクとして扱われるようになりました。
東京都ではカスハラ防止条例が制定され、企業側にも従業員を守るための対応が求められています。 大手企業では独自の「カスタマーハラスメントガイドライン」を公開し、 顧客とのコミュニケーションに一定の線引きを設ける動きが加速しています。
一方で、システム開発・製造・コンサルなどのプロジェクト現場では、 顧客の怒り・焦り・社内プレッシャーが複雑に絡み合うため、 正当なクレームとハラスメントの境界線が曖昧になりがちです。
だからこそ、現代のプロジェクトマネジャーには単にスケジュールを守るだけでなく、 「どこで線を引くか」「どう対処するか」という対人リスクのマネジメント能力が求められています。
本記事では、PMがチームを守りながら顧客とも健全な関係を維持するための、 実践的な考え方と行動指針を整理します。
実務では個別ケースが多く、現場のPM、担当者はこのテーマについて日々試行錯誤と挑戦の連続だと思います。筆者自身も常にベストな対応ができるわけでもなく、日々自分の対応を振り返りながら業務を進めていました。
この記事から少しでも明日から実践できる小さなアクション・ヒントを見つけてもらえると幸いです。

カスタマーハラスメントとは何か:PMが押さえるべき怒りとの違い
怒りとハラスメントの境界線
プロジェクトで顧客が怒るシチュエーションは、おおよそのパターンがあります。これは数年現場にいれば理解できると思います。
- 障害が起きた
- 納期に遅れる
- 品質に問題がある
- 社内で何らかの強いプレッシャーを受けている
- 単に機嫌が悪い
プロジェクトに影響がある以上、顧客が怒ること自体は自然です。 PMは、顧客の怒りがどこから生まれているかを理解する必要があります。
しかし、怒りには「正当な指摘」と「ハラスメント」の境界があります。
正当な不満・苛立ち(適切)
- なぜ遅れたのか説明を求める
- 再発防止策を要求する
- 契約範囲内の改善を求める
カスタマーハラスメント(不適切)
- 人格攻撃(「無能だ」「社会人失格」など)
- 威圧(机を叩く、灰皿を投げる、電話機を投げる)や怒鳴り声
- 過度な脅し(「どう責任取るんだ」など)
- 合理性を欠く要求(契約外作業を強要する 等)
同じ「怒り」でも、個人に向かう怒り(人格攻撃)に変わった瞬間、 それはカスタマーハラスメントへと転換します。
プロジェクトマネジャーは、この境界線を冷静に見極め、 議論を「感情」ではなく「事実」に戻す役割を担います。
ちなみに、上記の「机を叩く、灰皿を投げられる、電話機を投げられる」などは実体験に基づいております。今考えると昭和・平成の時代は「カスハラ全盛期」でした。ということもあり、表向きは一生懸命謝っていましたが、内心ではあまり気にせず、飲み会のネタにすることが多かったと思います。
なぜカスタマーハラスメントは起きるのか:現場のリアル構造
顧客がハラスメントに至る背景には、単なる「わがまま」では説明できない構造があります。
第一に、顧客担当者自身が社内で厳しい立場に置かれていることが多い、という点です。
- 障害報告のプレッシャー
- 上司からの追及
- KPIや評価への影響
こうした内圧が外部(ベンダー・サプライヤ)に向かいやすいのが現実です。
第二に、多くの企業文化にはまだ「怒れば動く」「叱責も仕事のうち」 という古い価値観が残っています。特に製造業・SIer業界の中には、 大声を出す管理職が一定数残っているのが実情です。
第三に、ベンダー側は「顧客を怒らせてはいけない」という考えが強すぎるあまり、 顧客の言動を過剰に受け入れてしまう傾向があります。
結果として、
- 顧客の怒り
- ベンダー側の萎縮
- 双方のコミュニケーション不足
これらが組み合わさり、 カスタマーハラスメント行為が「正当なクレーム」として扱われてしまう という構造が生まれます。
この構造を理解することが、カスタマーハラスメントを未然に防ぐ第一歩となります。
交渉とカスタマーハラスメントを分ける実例:どこからがアウトなのか
プロジェクト現場で特に判断が難しいのが、 「交渉」なのか「ハラスメント」なのかという点です。 ここでは、実際に多くのPMが経験しやすい例を個人的な経験から取り上げます。
「納たもの全部持って帰れ!」と言われた場合
これは昔の現場ではよくある言葉でした。しかし、現代の基準では 強く注意すべき発言です。
契約上、納品物は検収プロセスを経て評価されるものであり、 感情的に「全部持って帰れ」と言われてもその場で応じることは通常ありません。
ここで問題になるのは言い方と文脈です。
- 怒鳴り声で
- 威圧的に
- 担当者を責める形で
これらが伴うと、 「合理的要求ではなく、威圧・脅しである」と判断され、 カスタマーハラスメントに該当し得ます。
担当者は「自分のせいでプロジェクトが破綻するのではないか」という 強い心理的圧迫を受けます。PMとしてはこの場面で、 担当者を矢面に立たせないことが最重要です。
顧客がセンシティブになる「緊急問題」、「品質問題」には個人ではなく「チーム」で対応するのが大原則です。
「来年は保守契約を結ばないぞ!」と言われた場合
これは難しいラインです。
ビジネスとして、顧客が契約更新を見送ること自体は正当な意思決定です。 したがって、この発言そのものはカスタマーハラスメントというのは難しいと思います。
しかし、次のようなケースでは話が変わります。
- 「お前のせいで更新しない」と個人攻撃になっている
- 威圧目的で言われている
- 事実確認もせず脅すように言う
- 建設的な議論を拒む形で使われる
この場合、「契約判断」ではなく「脅しによる心理的支配」になり、 カスタマーハラスメント領域になります。
現場で担当者が強いプレッシャーを感じるのは当然で、放置すれば 心身の不調につながります。
境界線のまとめ
同じ言葉でも、
- 冷静に契約上の懸念として伝えられる → 交渉
- 威圧・怒鳴り・個人責任追及 → カスタマーハラスメント
というように、文脈・態度・目的によって評価が一変します。
この先の章では、PMがこの境界線をどう見極め、 どのタイミングでエスカレーションし、どのように対処するべきかを 詳しく見ていきます。
カスタマーハラスメント発生を証明する方法:PMが知るべき「記録の技術」
カスタマーハラスメントが疑われる場面で、もっとも重要なのは 「あとから第三者が見ても分かる形で、事実を残しておくこと」 です。感情ではなく、記録です。
プロジェクトマネジャーとして意識しておきたい証拠の残し方は、主に次のとおりです。
会議の録音・録画する
自分が参加している会議を録音・録画することは、通常違法ではありません。 オンライン会議であれば、Teams や Zoom の録画機能を使うことで、 発言内容をそのまま残すことができます。
特に次のような発言は、録音があるかどうかで評価が大きく変わります。
- 人格攻撃的な発言(「無能だ」「社会人失格」など)
- 威圧的な言動(怒鳴り声・机を叩く 等)
- 契約外の要求や脅し(「金は払わない」「全部持って帰れ」など)
録音データはむやみに共有せず、法務・人事・上司との共有に限定し、外部公開はしないことが大切です。
※本記事の内容は一般的な法的整理に基づくものであり、個別案件での違法性の有無を確定的に示すものではありません。具体的な案件については、弁護士等の専門家への確認をおすすめします。
議事録で「事実だけ」を淡々と残す
プロジェクト特有の強力な証拠が議事録です。よく議事録をサボるプロジェクトマネージャがいますが、これは大きなリスクになります
カスタマーハラスメントが疑われる場面では、次のポイントを意識して記録します。
- 誰が、いつ、どのような趣旨の発言をしたかを書き残す
- 「怒っていた」「不快だった」など感情は書かない
- 発言によって議論が中断した、検討が進まなかった、といった影響も事実として書く
更にいうと、議事録を顧客と共有し、合意された記録にしておくと抑止力が高まります。メモのつもりだったので顧客には送ってません!というプロジェクトマネージャがたまにいますが、カスタマーハラスメント対策の観点からは避けるべき運用です。
メール・チャットのログの記録
メール、チャット(Teams、Slack等)のやり取りも強い証拠になります。
次のようなメッセージは、注意して保管しておきます。
- 深夜・休日に繰り返される長文の叱責メッセージ
- 人格否定や脅しを含む文章
- 契約外の作業を当然のように要求する文面
スクリーンショットだけでなく、原本にアクセスできる状態(エクスポートやメール保存)を維持しておくと、後の検証がスムーズになります。
時系列メモとチーム内の証言
「いつ」「どんな場面で」「どのような発言があったか」を時系列でメモしておくことも有効です。 フォーマットはシンプルで構いません。
- ○月○日 15:00 定例会議で「正座しろ!」「今すぐ直せ!」「全部持って帰れ」と怒鳴られた
- ○月○日 23:40 深夜に長文メールで叱責
- ○月○日 10:00 PMに相談、上司と共有
同席していたメンバーがいれば、その人の証言も大きな支えになります。 PMは、メンバーの感情面のケアだけでなく、「事実を揃える役割」も担うことになります。
録音の運用:抑止力と証拠力/拒否された場合の切り返し
録音は、カスタマーハラスメント発生時の証拠としても、「そもそも発生させないための抑止力」としても有効です。 自分が参加している会議を録音・録画することは、通常違法ではありません。
違法となるのは、「部外者が、当事者の許可なく隠れて録音する場合」であり、当事者自身が録音する場合はこれに該当しません。
ただし、使い方には少し工夫が必要です。
録音の目的は「議事録精度の向上」として伝える
会議の開始時に、プロジェクトマネジャーから次のように伝えるやり方が、もっとも現実的です。
「本日の内容を正確に議事録にするため、会議を録音させていただきます。録音データは議事録作成のみに使用し、外部には公開いたしません。」
顧客によっては、機密保持などが懸念されると思いますので、録音の管理方法、秘密保持について説明をしたほうがよいでしょう。
サービス・議事録の品質向上のための記録として位置づけることで、受け入れられやすくなります。
録音を拒否された場合の考え方
顧客によっては、「録音はやめてほしい」と言われることもあります。 この場合、無理に押し通すのではなく、代わりの方法で記録の精度を確保する工夫が必要です。
録音を拒否する顧客への「安全な切り返し」
以下は、録音を断られたときにPMが使える、実務的なフレーズ例です。 記事の中核となる使えるテンプレートとして整理しておきます。
- 「承知しました。録音は控えますので、その分、議事録を正確に作成するために、 会議中に内容の確認をさせていただく場面が出てくるかと思います。」
- 「録音は行いませんが、認識の齟齬を避けるため、 会議後に詳細な議事録をお送りし、ご確認をお願いする形で進めさせてください。」
- 「セキュリティのご懸念もあるかと思いますので、御社の録音に関するポリシーを 教えていただけますでしょうか。それに合わせて運用方法を検討いたします。」
- 「録音はいたしませんのでご安心ください。その代わり、重要なポイントについては、 その場で私から復唱し、認識の一致を確認させていただければと思います。」
このように、録音ができない場合でも、議事録・復唱・事後確認を組み合わせることで、 後から「言った/言わない」の争いになりにくい環境を整えることができます。
カスタマーハラスメント発生時の対応フロー:その場で戦わないことが鉄則
カスタマーハラスメントが疑われる場面で、PMがやってはいけないのは、 その場で感情的に戦うことです。
プロジェクトを守り、チームを守るためには、次のようなステップで冷静に対応することが重要です。
まずは「火事場」で感情的に反応しない
相手が怒鳴っているその瞬間に、正論をぶつけても、ほとんどの場合は逆効果です。
PMがその場で意識すべきことは、 「これ以上エスカレートさせない」「事実を記録する」 ことです。
- 会議の録音・メモを続ける
- 担当者を守る(必要なら一度話を区切る)
- 議論がまともにできないと判断したら、打ち切る判断も検討する
自社の上司・法務への即時共有
会議が終わった後、PMは一人で抱え込まず、 その日のうちに上司・法務・人事などに共有します。
- 何が起きたか(事実)
- 誰が、どのような言動をしたか
- 録音・議事録・メールがあるかどうか
これは「自分を守る」だけでなく、会社としての安全配慮義務を果たすための行動でもあります。
顧客側の上席・PMOへの段階的エスカレーション
自社内で状況を整理した後、必要であれば、 顧客側の上席・PMO・契約担当者へ正式に問題提起を行います。
ここで重要なのは、
- 個人を責めるのではなく、行為と影響を伝えること
- 事実・記録に基づいて淡々と伝えること
- 「今後、健全なプロジェクト運営のために是正したい」というトーンを保つこと
本人に直接「あなたの発言はカスタマーハラスメントです」と伝えるのは、最終手段と考えたほうが安全です。
PMは「チームの盾」になる
顧客からの強い言動の矢面に立たされやすいのは、往々にして若手や担当者です。
プロジェクトマネジャーの役割は、 「メンバーを前に出さない」「必要なら自分が前に出る」 ことでもあります。
PMが前に立ち、顧客との交渉窓口を引き受けることで、メンバーは安心して業務に集中できるようになります。 心理的安全性の確保も、プロジェクトマネジメントの一部と考えるべきです。

顧客是正要求の交渉術:PMが使うべき話法
カスタマーハラスメントが発生したあと、どこかのタイミングで 「顧客側に是正を求める」必要があります。
ここで重要なのは、感情的にならず、 会社 vs 会社の話として冷静に伝えることです。
前置きで「会社 vs 会社」の枠組みに引き上げる
顧客上席と話すときには、次のような前置きが非常に有効です。
「お互い、立場のある人間ですので、ここからは会社対会社として、事実に基づいてお話をさせていただきます。」
この一言で、会話のモードが
「感情のぶつかり合い」から
「組織同士の問題解決」へと切り替わります。
是正を求めるときの本体フレーズ
そのうえで、具体的な是正要請を次のように伝えます。
「先日の会議における御社ご担当のご発言についてですが、
当社としてはカスタマーハラスメント行為に該当すると考えております。
今後の健全なプロジェクト運営のためにも、是正をご検討いただけますでしょうか。」
ここでのポイントは、
- 個人ではなく「御社ご担当」という表現にする
- 責めるのではなく「考えている」「ご検討いただきたい」という枠にする
- 目的を「プロジェクトの健全な運営」に置く
顧客自身のガイドラインを「鏡」として使う
さらに一段階高度な話法として、 顧客自身のカスタマーハラスメントガイドラインを引き合いに出す方法があります。
「御社も従業員保護の観点から、カスタマーハラスメント防止のガイドラインを策定されていると理解しています。
今回のご発言は、そのガイドラインにも抵触する内容ではないかと感じております。」
これは、
- こちらの価値観ではなく「御社自身のルール」に照らしている
- 相手の顔を潰さずに、自己矛盾を静かに示す
- 上席ほど重く受け止めざるを得ない
という点で、非常に強力です。
自社ガイドラインを根拠にすることで「個人戦」から抜け出す
あわせて、自社でもカスタマーハラスメントガイドラインを持っている場合には、次のように伝えることができます。
「当社としても、従業員保護の観点からカスタマーハラスメント防止ガイドラインを定めており、今回の件はそのガイドラインにも抵触すると判断しています。」
こうすることで、PM個人の感覚ではなく、 「会社としての公式なスタンス」として話を位置づけることができます。
是正を求める交渉は、感情論になった瞬間に難易度が跳ね上がります。
逆に、「事実」「契約」「お互いのガイドライン」という枠組みに乗せることができれば、 PMは冷静に、かつチームを守る形で交渉を進めることができます。
自社ガイドラインを整備する重要性:PMとチームを守る「盾」を持つ
カスタマーハラスメントへの対応を、PM個人の気合いやセンスに任せてしまうと、 どうしても「言える人と言えない人」の差が大きくなります。
そこで重要になるのが、会社としての 「カスタマーハラスメント防止ガイドライン」を整備しておくことです。 これは、単なるお飾りの文書ではなく、 PMとチームを守る公式な「盾」として機能します。
なぜ自社ガイドラインがあると強いのか
自社ガイドラインを整備することで、次のようなメリットが生まれます。
- 従業員を守る基準が明文化される
- PMが顧客に是正を求める際の「会社としての根拠」になる
- カスタマーハラスメントの線引きが社内で共有される
- エスカレーションのルートや対応フローを事前に定められる
- 万一の訴訟・労基署対応で「企業としての努力」を示せる
これがあるかどうかで、PMが顧客と向き合うときの 精神的な負荷は大きく変わります。
ガイドラインに盛り込むべき主な項目
会社の規模や業種によって詳細は変わりますが、 カスタマーハラスメント防止ガイドラインには、最低限次のような要素を含めるとよいでしょう。
- カスタマーハラスメントの定義(例:威圧的言動、人格攻撃、不合理な要求 等)
- 従業員の心身の安全を守ることが会社の方針であること
- カスタマーハラスメントが疑われる場面で従業員が取るべき行動(報告先、記録方法)
- 会社として取る対応(顧客への是正要請、担当変更の要請、契約見直し 等)
- 必要に応じて取引継続を見直す可能性があること
このようなガイドラインが正式に承認されていれば、 PMが顧客に対して是正を求めるときにも、 「会社としてこのラインは守ります」と堂々と言えるようになります。
ガイドラインがあるとPMの言葉は「個人のお願い」から「会社のスタンス」に変わる
同じ内容を伝えるにしても、
- 「私はカスタマーハラスメントだと思います」
と伝えるのと、
- 「当社のガイドラインに照らして、カスタマーハラスメントに該当すると判断しています」
と伝えるのとでは、相手の受け取り方がまったく違います。
後者は、感情論ではなく「組織としての判断」であり、 PM個人への反発ではなく、 会社対会社の話として整理しやすくなります。
プロジェクト開始前の予防策:キックオフでガイドラインを共有する
カスタマーハラスメントへの対処を考えるとき、多くの人が 「起きたあとどうするか?」に意識を向けがちです。
しかしプロジェクトマネジメントの視点から見ると、 もっとも効果が大きいのは「予防」です。 具体的には、 プロジェクトのキックオフの段階で、コミュニケーションルールとガイドラインを共有しておく ことが非常に有効です。
キックオフで伝えておくべきメッセージ
キックオフ資料の中に、次のような一枚を入れておくイメージです。
(例:スライドに記載する文章)
- 本プロジェクトでは、双方の担当者が安心して意見交換できる環境を大切にします。
- 当社では、従業員の心身の安全を守るため、カスタマーハラスメント防止ガイドラインを定めています。
- 御社・当社ともに、人格攻撃や威圧的な言動を避け、事実と課題に基づいた建設的な議論を心がけたいと考えています。
- 万が一、不適切な言動が発生した場合は、PM間で共有し、双方で是正に努めます。
キックオフでの口頭説明の例
キックオフの場では、PMから次のように説明するとよいでしょう。
「プロジェクトをうまく進めるためには、技術やプロセスだけでなく、コミュニケーション環境も非常に重要だと考えています。
弊社では従業員保護の観点からカスタマーハラスメント防止のガイドラインを設けており、本プロジェクトでもお互いに尊重し合いながら、率直な意見交換ができる場にしたいと思っています。
ご懸念やご不満がある場合は、遠慮なくお伝えいただきつつ、人格攻撃ではなく事実ベースで議論させていただければ幸いです。」
こうした説明を事前に行っておくことで、 顧客側にも「節度を意識するきっかけ」を与えられます。
事前共有は「後出し」感をなくし、是正要請をしやすくする
何も言っていない状態で、ある日突然 「それはカスタマーハラスメントです」と伝えると、 どうしても相手は防御的になります。
一方、キックオフでルールを共有しておけば、
- 「事前に合意していたラインに触れています」
という形で話を持ち出すことができます。 これは、感情のぶつかり合いを避けつつ、 冷静に是正を求めるうえで非常に大きな効果があります。
チームを守るPMの姿勢:心理的安全性を設計する
カスタマーハラスメントの問題は、単に「嫌な思いをした」で終わる話ではありません。 放置すれば、チームメンバーのパフォーマンス低下や、離職につながります。
プロジェクトマネジャーには、 チームの心理的安全性を設計する責任があります。
個人ではなくチームで対応する
顧客が感情的になっている場面では、若手担当者やSEを前に出すのではなく、 PMが前に立つことが重要です。
顧客との対話はこうしたスタンスで臨みます。
- 詳細説明や技術的な質疑は担当者が行う
- 責任論や謝罪・今後の方針はPMが受け持つ
これにより、メンバーは「自分一人で矢面に立たされている」という感覚から解放されます。
PMとしてプロジェクトのガバナンス、ガイドラインを守ることに気を配り、担当者は自分の技術を思い切って発揮する。カスタマーハラスメントが疑われる事態が派生した場合、PMは社内の上司、法務、人事などと情報を共有して対応を検討する。
チームとして対応することが、プロジェクトを成功に導く原則と考えます。

会議後の確認とケア
きつい場面があった会議の後には、意識的に数分でもいいので、 チーム内での振り返りを行うことをおすすめします。
- 「さっきの場面は辛かったよね」と認識を共有する
- 何が起きていたのかを事実として整理する
- 次回以降、PMが前に立つべきポイントを確認する
この一手間があるだけで、メンバーは 「ちゃんと見てもらえている」「守られている」 と感じることができます。
「PMが全部耐えればいい」という発想から抜け出す
とはいえ、PM一人がすべてを抱え込むのも現実的ではありません。
重要なのは、PMが
- 社内の上司・法務・人事と連携していること
- 自社ガイドラインを盾にしていること
- 顧客とも「会社対会社」の関係で話せていること
です。
「現場で一人で戦うPM」から、「組織の力を使って守るPM」へ。プロジェクトマネージャーは必要となる社内のリソースを巻き込んで、プロジェクトの成功確率が最大となるように振る舞わなければいけません。
この発想の転換が、チーム全体の心理的安全性を高める鍵になります。

まとめ:プロジェクト成功には「節度ある関係」が必要である
カスタマーハラスメントは、単に「不愉快な顧客がいる」という話ではなく、
- プロジェクトの継続性
- チームメンバーの健康
- 組織としての信頼
に直結する、非常に重要なテーマです。
本記事で見てきたように、プロジェクトマネジャーには次のような役割が求められます。
- 怒りとカスタマーハラスメントの境界線を冷静に見極めること
- 録音・議事録・ログなどで事実を記録すること
- その場で感情的に戦わず、組織として対応すること
- 顧客・自社双方のガイドラインを根拠に、会社対会社として是正を求めること
- キックオフでコミュニケーションルールを共有し、予防に力を入れること
- メンバーを矢面に立たせず、心理的安全性を設計すること
プロジェクトは、仕様書やガントチャートだけで進むものではありません。
そこには必ず「人」がいて、「感情」があり、「立場」があります。
だからこそ、プロジェクトマネジャーは、
- スケジュールとコストを管理する人
であると同時に、
- 人と人との関係性を整え、守る人
でもあります。
顧客を敵に回す必要はありません。しかし、顧客の不適切な言動をすべて受け入れる必要もありません。
節度ある関係をつくることが、最終的にはプロジェクトの成功にも、顧客自身のメリットにもつながります。
カスタマーハラスメントに向き合うということは、
単に「嫌な顧客に我慢しない」という話ではなく、
「プロジェクトに関わるすべての人が、尊重されながら仕事ができる場をつくる」ということなのだと思います。
最後に一つだけ付け加えると。。。
本記事はカスタマーハラスメントを「受ける側」の視点で書いてきましたが、実は誰もが、気づかないうちに「加害者側」に立ってしまう可能性があります。
私たちは常に会社を代表し、組織を代表して顧客や取引先、協力会社と対話しています。
だからこそ、自社のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)に沿った態度と姿勢を持ち、
相手を尊重したコミュニケーションを心がけることが社会人として求められます。
カスタマーハラスメントに向き合うということは、
「自分も相手も尊重される関係性を築く」という、
プロジェクトマネジャーにとっての基本姿勢を再確認することでもあるのです。

参考文献・出展
関連書籍
※本記事にはプロモーションが含まれます。

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