プロジェクトマネジメントにおける「根回し」とは?──陰ではなく、準備力の象徴

目次

はじめに:なぜ「根回し」は誤解されるのか

「根回し」という言葉には、どこか陰湿・ズルいといったネガティブな印象がつきまといます。
「会議で堂々と話せばいい」「事前調整なんて非効率だ」と考える人も少なくありません。

しかし、プロジェクトマネジメントの現場では、この“裏の準備”こそが成功の鍵になることがあります。
本稿では、根回しの本質とメリット、そして誤解や限界、適切なバランスの取り方を解説します。

根回しの本質:裏工作ではなく「段取り」

根回しとは、会議や意思決定の前に関係者と方向性をすり合わせ、合意形成をスムーズにするための事前準備です。
これは決して「裏で話をつけること」ではなく、混乱を防ぐための段取り力といえます。

  • 部下がどの程度準備できているか
  • 論点や方向性がずれていないか

上司はこれらを早い段階で確認でき、必要に応じて軌道修正が可能です。
一方で部下にとっても、自分の進め方が正しいかを確認でき、心理的にも安心して会議に臨めます。

つまり根回しとは、人間関係の潤滑油であり、安心と効率を生む“予防型マネジメント”なのです。

根回しを怠ると起こる「心理的事故」

  • 上司が「初耳だ」と感じ、戸惑う
  • 想定外の提案に対して反射的に否定される
  • 判断を求められた相手が「準備不足だ」と感じる

このような場面では、提案の内容よりも「根回しがなかった」という事実そのものが評価を下げてしまいます。
つまり、人の準備状況に配慮すること自体が、ビジネススキルの一つなのです。

根回しのメリットとデメリット

観点メリットデメリット(注意点)
上司側部下の理解度・方向性を早期に把握できる過干渉になると自律性を奪う
部下側方向性の確認で安心感が得られる意見が上司に依存しやすくなる
組織全体会議がスムーズになり意思決定が迅速化情報共有を怠ると格差が生じる

根回しのポイントは、「情報の独占」ではなく「事前の調整」。
ここを誤ると、逆に不信を生む結果になります。

一方で、根回しにはこうした反論もある

根回しを肯定的に捉える一方で、現場では次のような批判や懸念も存在します。
これらを理解せずに「根回しは正義」とするのは危険です。

① 透明性を損なう

「事前に話をまとめてしまうと、会議の意味がなくなる」──形式的な合意に終わる危険性。

② 非効率・時間の無駄

「全員に根回ししていたら時間がいくらあっても足りない」──スピード重視の現場では煩雑に感じる。

③ 忖度文化を助長する

「上司の顔色をうかがうだけの文化になるのでは?」──本音を言いにくくなる組織もある。

④ 情報格差を生む

「一部の人しか事前に知らない」──チームの透明性を下げ、不信の原因になる。

⑤ グローバルでは誤解される

「海外では裏取引と見なされるリスクがある」──文化的背景の違いを理解する必要がある。

根回しの“適切なレベル”を見極める

では、どこまで根回しをすべきなのか?
実務では、この「深さ」と「範囲」の判断が最も重要です。

判断の基準は3つ

  1. 会議の重要性:意思決定の影響範囲が大きいほど丁寧に行う
  2. 関係者の影響力:決裁権を持つ人ほど早めに方向性を共有する
  3. 相手の期待値:事前に説明してほしいタイプか、サプライズを好むタイプか

この3点を踏まえた上で、根回しを「必要十分な範囲」で行うことが重要です。
すべてを完璧に調整しようとすると、逆にスピードを失い、柔軟性を欠く結果にもなります。

根回しとは、“量”よりも“質”を問われるコミュニケーションなのです。これらは、「根回し」というより「ご相談」という角度からのコミュニケーションになると思います。

こうした問題点を踏まえたうえでの提案

根回しは、使い方を誤ると忖度や情報格差を生み出します。
重要なのは、「人を操作するための根回し」ではなく、「意思決定をスムーズにするための根回し」であるという点です。

また、すべての会議や上司に対して一律に行う必要はありません。
重要性・影響度・期待値を見極め、最適なレベルで実施することで、時間と信頼の両方を守ることができます。

若い世代こそ身につけたい「根回し力」

外資系や若手社員の中には「根回し=古い文化」と考える人もいます。
しかし英語圏でも “stakeholder alignment” や “pre-meeting” と呼ばれる文化は存在し、むしろプロジェクト成功のために戦略的に行われています。

つまり、根回しとは世界的にも通用する「ステークホルダー・マネジメントの基本スキル」なのです。(付録1参照)

まとめ:根回しは「準備」と「信頼づくり」

根回しを避ける理由の多くは、「面倒だから」「正々堂々と話したいから」というものです。
しかし、プロジェクトマネジメントの本質は「正しさ」ではなく「動かすこと」。

根回しとは、人を動かすための準備であり、信頼を築くための行動です。
会議の重要性・関係者の期待値を見極めながら、適切な深さで実施することが、プロフェッショナルの仕事の基本です。

「根回し=陰口」ではなく、「根回し=信頼形成」。
そう考え直したとき、あなたの仕事はよりスムーズに、そして確実に進むでしょう。

付録1:PMBOK的な視点から見る「根回し」

PMBOK(プロジェクトマネジメント知識体系ガイド)では、「根回し」という言葉は使われていませんが、その精神は明確に組み込まれています。

特に、ステークホルダー・マネジメントおよびコミュニケーション・マネジメントの領域で、以下のように定義されています。

  • 第6版:「ステークホルダーエンゲージメントのマネジメント(Manage Stakeholder Engagement)」
    関係者の期待を管理し、プロジェクトへの協力を得るために積極的に関与するプロセス。
  • 第7版:「ステークホルダーとの協働(Engage Stakeholders)」
    関係者の関心・影響力を理解し、継続的に関与させる原則。
    キーワードは“Align Expectations(期待の整合)”であり、まさに根回しの本質に通じます。

つまり、PMBOK的に見れば根回しとは、
「ステークホルダーの期待を事前に整合させるためのエンゲージメント活動」です。

それは裏取引ではなく、信頼と透明性を高めるための正当なプロジェクト活動
日本文化の「根回し」は、PMBOKでいう「Stakeholder Engagement」の実践的かつ人間的な形と言えるでしょう。

付録2:国際ビジネスにおける「根回し」の英語表現

「根回し」に完全に対応する英語は存在しません。
しかし、目的や文脈によって近い表現はいくつかあります。
以下は、状況に応じて使い分けられる主要な英語表現です。

英語表現意味・ニュアンス
lay the groundwork直訳は「基礎を固める」。最も一般的で中立的な表現。会議前の準備や調整に使える。
align stakeholders / align expectationsPMBOKでも使われる表現。ステークホルダーの期待を整合させる。根回しの本質に最も近い。
pre-meeting alignment / pre-meeting discussion「会議前の方向性合わせ」。実務で自然に使える表現。
behind-the-scenes coordination「舞台裏での調整」。人間関係や非公式な調整を表すが、やや陰のニュアンスあり。

一方で、「lobbying」「maneuvering」「doing politics」などは、
政治的・操作的なニュアンスが強く、ビジネス文脈での「根回し」とは異なります。ほぼ悪口ですね。

プロジェクトや会議の前準備として使う場合は、“lay the groundwork”“align stakeholders” が最も自然で誤解のない表現です。

つまり、英語で言い換えれば、根回しとは
「to align stakeholders by laying the groundwork behind the scenes.」
──関係者を事前に整え、舞台裏で基盤を築く行為。
それはまさに、世界共通のプロジェクト成功の秘訣といえるでしょう。


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