はじめに
なぜ「テイラーリング」を改めて取り上げるのか
PMBOK第8版において、テイラーリングはもはや「補足的な考え方」ではありません。
プロジェクトマネジメントそのものの前提として再定義されました。
第7版のPMBOK®ガイドでは、テイラーリングはすでに十分に整理されていました。「標準をそのまま適用するのではなく、文脈に応じて考え、選ぶ」という姿勢は、多くのプロジェクトマネジャーにとって救いにもなったはずです。(少なくとも、私自身は第7版を読んだとき、ここに大きな解放感を感じました。)
しかし、第8版ではその位置づけが明確に変わっています。
第7版では、テイラーリングは「原則の一つ」つまり、守るべき考え方の一項目でした。
一方、第8版では、テイラーリングはプロジェクト全体を貫く前提として扱われています。
- どの開発アプローチを取るのか
- どのパフォーマンスドメインを重視するのか
- どのようなガバナンスのもとで進めるのか
これらすべてが、テイラーリングという判断・調整行為によって結び付けられます。

第7版を理解している読者に向けて、第8版で何が変わり、その結果、プロマネに何が求められるようになったのかを整理したいと思います。
第7版テイラーリングの立ち位置(おさらい)
第7版のテイラーリングの本質
標準から思考へ
第7版における最大の転換点は、PMBOKを「手順書」から思考・論理のガイドへと変えたことでした。
知識エリアやプロセスは依然として存在していましたが、それらは「必ずやるもの」ではなく、
状況に応じて選択されるべきものとして再定義されました。
ここで初めて、「標準を守るプロジェクトマネジメント」から「適応させるプロジェクトマネジメント」への転換が起きたと思います。
チェックリストではなくフレームワーク
第7版のテイラーリングは、「どれを省略できるか」を決める作業ではありません。
重要だったのは、なぜそれを採用するのか、しないのかを説明できるかという点です。
そのため、PMBOKはチェックリストではなく、判断のためのフレームワークとして位置づけられました。
正解をなぞるのではなく、自らのプロジェクトに照らして考え、適応させていくことが、プロマネの役割であると明示されたのです。
「Tailor based on context」という原則
第7版では、「Tailor based on context(文脈に基づいてテイラーリングせよ)」という原則が明確に打ち出されました。
文脈とは、単なる規模や期間だけではありません。
- プロダクトの特性
- 組織文化
- ステークホルダーの関係性
- 不確実性の度合い
これらを踏まえて、どのマネジメントが有効かを考えることが求められました。
Tailoring entails the mindful selection and adjustment of multiple project factors to determine which elements are most useful given the project context, goals, operating environment, scale, and complexity in order to better align with and achieve the project outcomes.
(訳) テイラーリングには、プロジェクトのコンテキスト、目標、運用環境、規模、複雑さを考慮して、プロジェクトの成果との整合性を高め、それを達成するために、複数のプロジェクト要素を慎重に選択および調整して、どの要素が最も役立つかを決定することが含まれます。
PMBOK(R)第8版 3.1 Overview より
PMBOK第8版で何が変わったのか(全体像)
テイラーリングは1つの「原則」から「実務」へ
第7版では、テイラーリングは12原則の一つとして位置づけられていました。
重要ではあるが、あくまで原則群の中の一項目です。

図 PMBON(R)のプロジェクトマネジメントマインドセットと6つの原則
しかし、第8版では原則の1項目と扱われるのではなく、より実務的な状況での運用が求められます。概念ではなく6つの原則にもとづいたプロジェクトの全体設計に関わる実務として変化したことが伺えます。
より実務に近づいたことで、第8版では「どのパフォーマンスドメインを、どの程度重視するのか」、「どのガバナンスのもとで意思決定を行うのか」といった問いに、あらかじめ正解は用意されていません。それらを結び付け、プロジェクトとして一貫した形にする行為こそが、テイラーリングと呼ばれます。
つまり、第8版においてテイラーリングは、考え方ではなく、実務の構造・プロジェクトの全体設計を作り上げるアクションへと変貌しています。
「正解がある」という前提が消えた
第8版では、「ベストプラクティス」という考え方が少し弱くなっていると思います。
第7版までは、「状況に応じて選びましょう」と言いながらも、どこかに「模範解答」的なものが存在している前提が残っていました。
しかし第8版では、方法論やフレームワークは成果を保証するものではないという意味合いが強くなっていると思います。
- アジャイルを選んだから成功するわけではない
- ハイブリッドにしたから安全というわけでもない
- プロセス通りに進めればうまくいくわけではない
選択したという事実自体には、何の免責効果もありません。
残るのは、「なぜそれを選んだのか」、「その判断は、どの価値・目的に基づくものだったのか」
という説明責任です。
第8版は、選択の自由と引き換えに選択と結果への意味付けをプロジェクトマネージャの裁量に任せているガイドであると言えます。
第8版テイラーリングの定義を読み解く
第8版における公式定義の要点
第8版におけるテイラーリングの定義で、重要なキーワードはdeliberate adaptation(意図的な適応) です。これはSection 3 Tailoringの最初の1文に出てくるキーワードです。ここでは、
「テイラーリングとは、プロジェクトマネージメントのアプローチ、ガバナンス、プロセスをプロジェクトの環境と目標に合わせて意図的に適応させることです。」と説明しています。
このことはつまり、意図を持ち、結果を見据えて、責任を持って適応させるという、判断を行うことになります。
また、テイラーリングの対象は明確に限定されています。
- approach(開発・進め方)
- governance(意思決定と統制)
- process(作業手順・流れ)
これらを、プロジェクトの objectives(目標) とenvironment(環境) に整合・適応させることになります。これには「なぜ、それが目的達成に適しているのか」という視点で検討しなければなりません。
第8版のテイラーリングは、単なる調整作業ではなく、結果を見据えて行う業務・プロセス設計の判断と言えます。
テイラーリングは「適合性アプローチ(Suitability)」である
ではどのように目標・環境に適応・適合させていくかといことについて理解するうえで有効なのが、テイラーリングをSuitability(適合性)のアプローチとして捉える視点です。(PMBOK(R)第8版3.4.1 Initial Development Approachより)
手法やフレームワークは、あくまで「選択肢」に過ぎません。これは以下の言葉で説明されています。
A suitability filter is not a rigid method or procedure, but rather a decision-making tool that helps project teams evaluate their unique circumstances.
(訳)適合性フィルターは、厳格な方法や手順ではなく、プロジェクトチームがそれぞれの状況を評価するのに役立つ意思決定ツールです。
(PMBOK(R)第8版3.4.1 Initial Development Approachより)
- この文脈に、本当に合っているのか
- 今の組織能力で運用できるのか
- 想定している価値創出に寄与するのか
これらを評価し、採用・調整・不採用を判断を推進するのがプロマネになります。
その判断は、単一の要素で行えるものではありません。
- データ(指標・兆候)
- 文脈(組織・文化・制約)
- 経験(過去の成功・失敗)
これらを統合した、総合的な意思決定が求められます。
第8版が示しているのは、「方法論を知っているプロマネ」ではなく、適合性を評価し、判断を引き受けられるプロマネという役割像です。
第8版テイラーリングの構造と拡張点
第8版のテイラーリングを理解しにくくしている理由の一つは、手順として読もうとすると意味が見えなくなる点にあります。

PMBOK(R)第8版 P106 図3-1より参照
開発アプローチの選択
第8版のテイラーリングは、開発アプローチの選択から始まります。
- Predictive
- Adaptive
- Hybrid
これが「方法論の好み」を決める行為ではないという点です。
起点になるのは、
- プロダクトの性質
- 要求の確実性
- 技術的不確実性
- 学習や変更の必要性
つまり、不確実性と価値創出の構造です。
適合性アプローチの選択は、以降のガバナンス、チーム設計、評価指標すべてに影響する最初の重要な判断ポイントとなるため、PMBOK(R)においても明確に言及している内容となっていると考えます。
組織レベルでのテイラーリング
第8版が現実的なのは、テイラーリングをプロジェクト単体の自由裁量にしていない点です。
ここで注目すべきは、PMBOK(R)第8版では、単位のプロジェクトだけではなく、関係する複数のプロジェクト(プログラム)や、ポートフォリオまで考慮する必要があると言及しています。
組織内でのテイラーリングでは、プロジェクトが運営されるプログラムやポートフォリオのコンテキストも考慮する必要があります。
これは、原則の1つの「全体を俯瞰して捉える」に基づくことで、組織内での一貫性のあるアプローチが求められていることを意味します。
こういった組織のテイラーリングでは、プロジェクトマネージャのみならず、PMO(Project Management Office)の役割が大切になってきます。
運用サポートにとどまらず、戦略の実行の促進、企業全体の成果へ貢献するという役割が求められます。組織の重視する価値に基づいて、サービスを適応させ、変化する優先事項に応じて進化する能力が求められています。
プロジェクトのテイラーリング
第8版では、以下の要素が明示的に対象となります。
- プロダクト
- チーム
- ステークホルダー
- 文化
これらを個別に最適化することではなく、全体で考える必要があります。
- このチーム構成で、このアプローチは成立するか
- ステークホルダーの関与度は適切か
- 文化的前提と、期待される意思決定速度は矛盾していないか
相互関係を見ながら判断することが求められます。
プロジェクトチームは、テーラリングのプロセスを進める上で、それぞれについて「問い」続けて行くことが必要と述べられてます。
継続的改善としてのテイラーリング
第8版では、テイラーリングは一度決めて終わるものではありません。
プロジェクトチームがプロセス改善に積極的に関与し続けることで、オーナーシップを育み、継続的な改善と品質向上へのコミットメントを示すことができます。
PMBOK(R)第8版では、組織が自らをテーラリングする方法も、テーラリングの対象となると説明しています。基本的には、初期アプローチの選択、組織に合わせたテーラリング、プロジェクトに合わせたテーラリング、継続的な改善の実施という流れで、常に進化を求められています。
パフォーマンスドメインのテイラーリング
第8版のパフォーマンスドメインは、固定されたチェック項目ではありません。
- 常に同じ比重で扱うものではない
- プロジェクトの局面や文脈で強弱が変わる
たとえば、
- 初期はステークホルダーと価値に重点
- 中盤はチームと作業フロー
- 終盤は成果と移行
といったように、重点配分そのものがテイラーリングの対象になります。
診断(Diagnostics)の位置づけ
第8版では、テイラーリングを支える要素として診断(Diagnostics)が説明されています。
診断とは、問題を確定するための行為ではありません。
- 兆候を捉える
- 違和感を言語化する
- 判断を更新すべきかを見極める
そのための材料です。
数値、フィードバック、観察結果は、判断の代替ではなく、判断の補助として使われます。継続的改善とこの診断という考え方は、全体の相互関係を常に整合、調整していくというダイナミックな動きをするテイラーリングを意識していると思います。
これらの点が、テイラーリングが、1つの原則ではなく、プロジェクトの実務的な思考に移行した特徴と考えます。
4-7. よくある状況とテイラーリングの提案例
第8版の考え方を、典型的な状況に当てはめると、次のように整理できます。
- 品質が出ない
→ プロセスではなく、価値定義や期待値設定を再診断 - 承認が遅い
→ ガバナンス設計と意思決定権限の見直し - チームが分断されている
→ チーム構造と役割設計の再テイラーリング - ステークホルダーが不満を持っている
→ 成果定義と関与モデルの再設計
共通しているのは、「手法を変える」ことが第一選択肢ではない点です。
どこで判断がずれているのかを見極め、そこに手を入れるというのが、第8版におけるダイナミックで実践的なテイラーリングの考え方と言えます。
以下に 第5章のドラフトを提示します。
ここでは、第4章までで整理した内容を受けて、第8版がPM個人に突きつけている役割変化を、あえて厳しめに言語化しています。
第8版がプロマネに求めていること
5-1. テイラーリング失敗=判断ミス
第8版において、テイラーリングは「工夫」や「現場合わせ」ではありません。
判断行為そのものです。
そのため、テイラーリングが機能しなかった場合、それは「環境が悪かった」、「メンバーがついてこなかった」ではなく、プロマネの「判断ミス」となることがあると思います。
第7版までは、「PMBOKに書いてあることをやった」、「推奨されている方法を採用した」という事実が、ある意味支えになっていたこともあります。
しかし第8版では、結果が出なかったときの説明には難しくなると思います。
選択した方法論、設計したガバナンス、重視したパフォーマンスドメインについて、判断の責任はプロマネに残るという前提だと読み解きました。
5-2. PMは「方法論のマネージャ」ではない
第8版が描いているプロマネ像は、「方法論、プロセスを正しく運用する人」とは異なり、求められているのは、以下のような役割です。
- 文脈を読み取る
- 組織の意図や制約を理解する
- 抽象的な原則を、具体的な設計に翻訳する
- その判断を引き受け、説明する
その上で判断して、組み立てて、実行していく人となります。
ここでいう判断とは「最適解を当てること」ではないとの理解です。
第8版は、正解の存在を前提にしていません。それでも判断し、結果が出たときも、出なかったときも、その意味を説明できることが求められます。
ここで、誤解を防ぐための説明ですが、「プロマネが判断」といっても、属人的に判断するというわけではなく、「価値」、「原則」、「成果」に接続する整合性、適合性をもつという共通評価軸をもち、診断(Diagnostics)によって判断を可視化し、再検証を行うことを前提としています。
第8版が問題にしているのは属人化そのものではなく、説明できない判断がブラックボックス化することだと考えられます。
おわりに
テイラーリングは応用編ではない
PMBOK第8版を通して見えてくるのは、テイラーリングが高度な応用テクニックとして位置づけられているわけではないということです。
第8版において、テイラーリングはプロジェクトマネジメントの中核にあります。
- 原則をどう理解したのか
- その文脈で、何を選び、何を捨てたのか
- その判断は、どの価値や目的につながっているのか
これらを結び付ける行為が、テイラーリングです。
原則 → 判断 → 結果
この流れそのものが、プロジェクトマネジメントである、という前提に立ち返ったのが第8版です。
第7版が「考える自由をプロマネに取り戻したガイド」だとすれば、第8版は、「考えた結果に責任を持つことをプロマネに求めたガイド」だと言えるでしょう。
「なぜ、その判断をしたのか?」PMBOK第8版は、その問いから逃げないことを、プロジェクトマネージャに求め続けているガイドではないでしょうか。
参考書籍
※本章には広告を含みます。
- PMBOK®ガイド第8版
Project Management Institute - PMBOK®ガイド第7版
Project Management Institute

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