方法論から「原理で運営する組織」へ
1.マネジメントの潮流:方法論から原理原則へ
かつてのマネジメントは「正しい手順を守れば成果が出る」という前提で、プロセスや手順の標準化に重心がありました。 しかしVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代には、同じ方法を当てはめても成果の再現性が下がります。 そのため、近年はPrinciple-based Management(原理原則による経営)へとシフトしています。 PMBOK第7版は「プロジェクト成功の鍵はプロセスではなく原則にある」と明確化し、ITIL4は“従うべき原則(Guiding Principles)”を体系の中心に据えました。

2. なぜ原理原則なのか?
原理原則に基づくマネジメントが注目されているのは、単なる理念回帰ではありません。多様化・リモート化・スピード化が進む現代では、組織をルールや手順だけで統制することが難しくなっているためです。 手順が複雑化すればするほど判断は分散し、最終的に「誰も責任を取らない組織」になりがちです。そこで求められるのが、状況が変わってもブレない判断の軸=原理原則です。
原理原則型マネジメントの主なメリット
- ① 組織のブレをなくす: 意思決定基準が統一され、部門間・世代間の価値観の違いがあっても方向性が揃いやすくなります。
- ② 自律と統制の両立: 原則が明確なら細則で縛らなくても自律的に動けます。いわば信頼による統制が可能になります。
- ③ 環境変化への柔軟性: 手順は環境ごとに更新が必要ですが、原則は普遍です。外部変化があっても「行動の方向性」を維持できます。
- ④ 誤解や衝突の減少: 判断の背景が共有されやすくなり、納得感が高まります。結果として心理的安全性も自然に高まります。
- ⑤ 文化の一貫性: 原則は組織文化の“憲法”として働き、メンバーが入れ替わっても核となる文化が維持されます。
要するに、原理原則とはルールを減らしながら秩序を保つ仕組みであり、ブレのない統制のとれた組織づくりに直結します。
デメリット
もちろん、原理原則型マネジメントのデメリットもあります。最大のデメリットは、原理原則が浸透・共有されていないと機能しない点にあります。
だからこそ、企業は原理原則を理解して、行動する能力を持った人を採用基準に設けるのだと思います。これは、業務に関しての経験・知識より重きを置かれるものになるでしょう。
3.心理的安全性とは?
心理的安全性(Psychological Safety)は、やさしさではなく率直さ(Candor)と相互尊重(Respect)が共存する対話の状態を指します。 これは「居心地の良さ」を作る施策ではなく、学習・イノベーション・信頼の循環を生む前提条件(土壌)です。
4.原理原則に心理的安全性はすでに内包されている
心理的安全性を高めることは、ゼロから新しい枠組みを導入する話ではありません。PMBOK第7版・ITIL4の原則を正しく実装すれば、その中に自然と含まれます。
| 原則領域 | PMBOK第7版の該当原則(日本語要約) | ITIL4の該当原則(日本語) | 心理的安全性の要素 |
|---|---|---|---|
| 信頼・誠実 | スチュワードシップ/チーム/リーダーシップ | 価値に注目する/今あるところから始める | 尊重(Respect) |
| 協働・透明性 | ステークホルダーの関与/テーラリング | 協働し、可視性を高める | 透明性(Transparency) |
| 学習・改善 | システム思考/流れの最適化 | フィードバックを元に反復して進化する | 率直さ(Candor) |
| 目的志向 | 価値に焦点/適応性と回復力 | 包括的に考え、取り組む | 目的の明確さ(Clarity) |
失敗は部下や相手を責めるものではなく、そのフォードバックから学び進化することを求める文化が必要です。少なくとも失敗をしたからにはその人は何かの「チャレンジ」をしたと思いますので、その「チャレンジ」精神は称えられるものと考えます。

5.原則が実装される=心理的安全性が担保される、というメカニズム
心理的安全性は状態(結果)であり、原理・原則の実装という設計から生まれます。 原理(信頼・学習・目的共有)→ 原則(尊重・率直・透明性・対話)→ 実装(1on1/フィードバック/振り返り/情報共有)という流れが回っている組織では、心理的安全性は「自然に現れる副産物」になります。
[原理] 信頼・学習・目的共有 ↓ [原則] 尊重・率直・透明性・対話 ↓ [実装] 1on1/フィードバック/レトロスペクティブ/意思決定の可視化 ↓ [結果] 心理的安全性(Fearless Culture)
逆に、「心理的安全性を高めよう」とだけ呼びかけても、原理や原則が欠けていれば一時的な“優しさ文化”で終わってしまいます。
6.PMBOK/ITILにおける対応する原則(日本語表記)
PMBOK第7版(抜粋・要約)
- チーム: 敬意・ケア・誠実さ・心理的安全性に基づいた環境を築きます。
- リーダーシップ: 恐れではなく信頼によってチームを導きます。
- ステークホルダーの関与: オープンで誠実なコミュニケーションを行います。
- システム思考: 部分ではなく全体最適の観点から判断します。
(PMBOK第7版は「12の原則」を定義し、プロセス重視から原理重視へ重心を移しています。)
ITIL4(PeopleCert 公式日本語)
- 価値に注目する(Focus on Value)
- 今あるところから始める(Start where you are)
- フィードバックを元に反復して進化する(Progress iteratively with feedback)
- 協働し、可視性を高める(Collaborate and promote visibility)
- 包括的に考え、取り組む(Think and work holistically)
- シンプルにし、実践的にする(Keep it simple and practical)
- 最適化し、自動化する(Optimize and automate)
(上記はPeopleCertによる日本語表現です。)
原則重視の企業例:Amazonのリーダーシップ原則
Amazonは採用・評価・昇進などの人事判断を「リーダーシップ原則(Leadership Principles)」への適合で審査すると公言しています。 代表例として「顧客への執着(Customer Obsession)」「信頼を勝ち取る(Earn Trust)」「深く掘り下げる(Dive Deep)」「信念を持って反対し、決定には従う(Have Backbone; Disagree and Commit)」などが挙げられます。
2021年には「地球上で最良の雇用主を目指す(Strive to be Earth’s Best Employer)」「成功と規模には広範な責任が伴う(Success and Scale Bring Broad Responsibility)」の2つが追加され、現在は16原則として運用されています。 これは、原則を「社風」ではなく仕組みとして設計・運用する好例です。
7.現場でどう実装するか?(原則→行動の翻訳)
| 原則 | 現場での実装例 |
|---|---|
| 尊重(Respect) | 1on1では「評価」ではなく「理解」を目的に、相手の意図・背景・制約を確認する質問をします。 |
| 率直さ(Candor) | 会議で「仮説として話させてください」と前置きし、安心して反論できる枠を作ります。 |
| 透明性(Transparency) | 意思決定は議論の過程(論点・選択肢・却下理由)までSlack/Teamsで可視化します。 |
| 目的共有(Clarity) | 会議冒頭で「今日の目的/決めたいこと」を明示し、終了時に決定とToDoを再確認します。 |
| 学習(Learning) | スプリント末や月次で失敗・仮説・学びを記録し、次の行動ルールに反映します。 |
部下だけに原理原則を押し付けるのではなく、それは従業員全てに課せられたものと認識し行動することが重要です。
1on1の会議を部下の「言質取り」や「コミットの場」とするのは、相手を尊重していることにはならないと思います。
8.まとめ
- 心理的安全性は目的ではなく、原理と原則の実装が生む「結果」です。
- PMBOK第7版・ITIL4の原則に心理的安全性は内包されており、正しく運用すれば自然に担保されます。
- 企業実装の好例として、Amazonは原則を採用・評価の審査基準にまで昇華しています。


参考・出典(代表)
- PMI『PMBOK® Guide 第7版』
- PeopleCert『ITIL® 4 Foundation』
- Amy C. Edmondson『The Fearless Organization』
- Amazon「Leadership Principles(日本語版あり)」
※本記事にはプロモーションが含まれています。

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