~第4版から第7版へ、プロジェクトマネジメントの自由度を取り戻す~
どういうことか?(結論)
PMBOK第7版のテイラーリングは「チェックリスト」ではなく「考えるためのフレームワーク」
PMBOK第7版における最大の進化は、「標準」から「思考」への転換です。
従来のように「手順を守る」ことが目的ではなく、
状況に応じて最適なプロセスを自ら設計・調整する力
が求められます。
その核心にあるのが「テイラーリング(Tailoring)」という考え方です。
テイラーリングとは、プロジェクトの特性や環境に応じて、プロジェクトマネジメントの手法・ツール・プロセスを取捨選択・調整すること。
つまり「どのようにマネジメントするか」を自ら考え、最適化していくためのアプローチです。
テイラーリングとは何か?
PMBOKでは、テイラーリングを以下のように定義しています。
「テイラーリングとは、プロジェクトの特性に応じてPMBOKのプロセスやツールを取捨選択・調整すること。」
単に「カスタマイズする」ことではなく、目的や環境を踏まえて意思決定するプロセスそのものを指します。
各版での扱いの変遷
| 版数 | 発行年 | テイラーリングの扱い | 主な特徴 | 
| 第4版 | 2008年 | 明確な定義なし | 標準化が中心。手順書的な色合いが強い。 | 
| 第5・6版 | 2013〜2017年 | 必要に応じてカスタマイズ」と記載 | プロジェクトマネージャーの裁量が拡大。PMBOKの適用範囲を広げた。 | 
| 第7版 | 2021年 | 原則の一つとして正式定義(第7原則) | 「Tailor based on context」を掲げ、思考的アプローチへ転換。 | 
PMBOKの進化は、「標準化」から「自律的判断」への進化とも言えます。
これにより、プロジェクトマネージャーが現場の知恵を活かし、柔軟に対応できるマネジメントが可能になりました。
なぜテイラーリングが重視されるようになったのか?
■ プロジェクトの多様化
IT、建設、研究開発など、性質の異なる分野に同じ手法をそのまま適用できるとは限りません。
現場ごとに適したマネジメント手法を選び取ることが必要です。
■ アジャイルの浸透
変化の速い時代では、固定的な計画よりも柔軟な対応力が成果を左右します。
ウォーターフォール型・アジャイル型のハイブリッド運用も一般的になっています。
■ VUCA時代の到来
「予測困難で変化が激しい時代(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)」では、
標準手順ではなく“考える力”が競争優位の源泉になります。
VUCAとは?
V:Volatility(変動性) 予測不能な変化 短期間で状況が急変する不安定な環境
U:Uncertainty(不確実性) 予測困難な要素 先が読めず、情報の信頼性も低い状況
C:Complexity(複雑性) 要素が絡み合う 多要因が相互に影響し合う構造
A:Ambiguity(曖昧性) 解釈が複数ある 意味や原因が明確に定義できない曖昧な状況
VUCA環境下では、「正解を知っている」よりも「適応できる」ことが重要です。
そのため、PMBOK第7版のテイラーリングはVUCA対応の鍵とも言えます。
テイラーリングの主要考慮事項(Key Considerations for Tailoring)
| No. | 考慮事項 | 概要 | 目的 | 
| 1 | Project Environment(環境) | 文化・法規制・組織構造 | プロジェクト環境に合致させる | 
| 2 | Project Size and Complexity(規模と複雑さ) | 大規模/小規模で手法を調整 | 過剰管理を防ぎ効率化 | 
| 3 | Industry and Sector(業界・業種) | IT/建設/研究開発など | 業界慣行を反映させる | 
| 4 | Stakeholder Expectations(利害関係者) | コミュニケーション・報告手法 | 関係者の信頼と理解を促す | 
| 5 | Resource Availability(リソース) | 予算・人材・技術 | 制約条件の中で最大効果を狙う | 
これらを踏まえ、「どのプロセスを使い、どこを省略するか」を戦略的に決定します。
テイラーリングの実践ステップ
| No. | ステップ | 内容 | 目的 | 
| 1 | コンテキスト分析 | 背景・制約・リスクを分析 | 前提条件を明確化 | 
| 2 | アプローチ選定 | アジャイル型・ハイブリッド型などの方針を決定 | 方針の最適化 | 
| 3 | プロセスとツール選択 | 必要なプロセスと管理手法を抽出 | 効率と成果の最大化 | 
| 4 | 継続的改善 | 運用後の振り返り・改善 | 適応型マネジメントへ発展 | 
この流れを繰り返すことで、プロジェクトは「思考する組織」へと成熟していきます。
テイラーリングは「思考するマネジメント」
PMBOK第7版はもはや「手順書」ではありません。
それはプロジェクトマネージャーの意思決定力を鍛えるための思考フレームワークです。
テイラーリングの本質とは、
「どの方法を取るか」ではなく「なぜそう選ぶのか」を説明できる力。
この問いに答えられることが、真に成熟したプロジェクトマネジメントだと言えるでしょう。
経験談
第4版ころPMBOKにテイラーリングの記述を見つけ、PMOに対して小規模プロジェクトのプロセスのテイラーリング(簡略化)を提案したところ、「一部のプロジェクトにプロセスを省略することは不可」と却下された記憶があります。(根に持ってはいない)
昔のPMBOKがプロセス、儀礼重視でしたが、より実質的なプロジェクトに即して「スピード感」、「コスト意識」を持って進化している証と思います。
参考文献・出展
- PMI(Project Management Institute)『A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) – Seventh Edition』, 2021
 - PMI公式サイト: https://www.pmi.org/
 - 経済産業省「ITプロジェクトマネジメント指針(改訂版)」
 - Nickson, D. “Tailoring and Contextual Adaptation in Project Management.” PM Network, 2022
 
第7版では「成果志向」から「価値志向」へ。
現場マネージャーに必携の1冊です。
 

 

コメント